東萩 ひがしはぎ
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近隣の観光スポット
[萩市]道の駅萩しーまーと
漁港直結の立地で安価!新鮮な海の幸が揃う臨海生鮮市場
平成13年4月、萩漁港隣接地にオープン。萩をはじめとする山口県北部の生産者が「新鮮な旬の食材」を提供し、城下町・萩が育んだ「おいしい食文化」を発信する施設です。
早朝に水揚げされる新鮮な魚介や近郊でとれた農産物など、新鮮・安全な旬の食材をお手頃価格で販売。鮮魚をはじめ、海産物・練り製品や、新鮮野菜・地元産品の販売、夏みかん製品、また萩名物の「蒸気まんじゅう」も販売しています。
3つの海鮮レストランでは海鮮丼や定食など旬の地魚を使った魚介料理を楽しむことができます。テイクアウトグルメも刺身や寿司、揚げたて天ぷらなど種類豊富。お魚好きにはたまらないスポットです。
[萩市]萩反射炉
反射炉は、西洋で開発された金属溶解炉です。江戸時代末期、萩藩は外国からの脅威に備え軍事力の強化をはかるために、鉄製大砲の鋳造に必要な反射炉の導入を試みました。
安政2年(1855)、反射炉の操業に成功していた佐賀藩に藩士を派遣し、鉄製大砲の鋳造法伝授を申し入れますが、拒絶され、反射炉のスケッチのみを許されます。このスケッチをもとに萩反射炉を建設しました。
現在残っている遺構は煙突にあたる部分で、高さ10.5mの安山岩積み(上方一部レンガ積み)です。オランダの原書によると、反射炉の高さは16mですから、約7割程度の規模のものになります。
また、萩藩の記録で確認できるのは、安政3年(1856)の一時期に試験的に操業され金属の溶解実験が行われたということだけであることから、萩反射炉は試作的に築造されたと考えられています。西洋の科学技術への試行錯誤を象徴している遺構です。
[萩市]松陰神社
明治40年(1907)に創建された、吉田松陰を祭神とする神社。明治23年(1890)8月、松下村塾出身者などにより松下村塾の改修が行われ、松陰の実家である杉家により私祠として村塾の西側に土蔵造りの小祠が建立されました。その後、門人の伊藤博文、野村靖などが中心となり、神社を公のものとして創設しようという運動が起こり、明治40年(1907)に県社の社格をもって創建が許可されました。現在の社殿は昭和30年(1955)に完成したもの。御神体として松陰が終生愛用した赤間硯と父叔兄宛に書いた文書が遺言によって納められています。旧社殿は「松門神社」として、松陰の門人であった人々の霊を祀っています。学問の神として信仰が厚く、境内には松陰ゆかりの史跡などが点在。近代日本の原動力となった数多くの逸材を輩出した松下村塾と、隣接して吉田松陰幽囚ノ旧宅があります。